登場人物・キーワード

主な登場人物

イブラヒーム・サミュエル

“世界が注目する中で、私たちは売りに出されている。シリア人の血は世界に捧げられている・・・・・・大勢の死を、世界は自然現象のように眺めている”

シリアの短編小説家。1951年、ダマスカス生まれ。大学入学後、アサド政権を批判する青年運動組織に加わったために逮捕され、77~80年に収監を余儀なくされる。88年に最初の短編小説集『重い足取りの匂い』を出版後、2002年までに4つの作品集を発表。多数の作品が欧米語に訳されている。湾岸系メディアでもコラム執筆。現在ヨルダンのアンマン在住。

イブラヒーム・サミュエル
イブラヒーム・サミュエル
イブラヒーム・サミュエル

ハーリド・ハーニー

“一度は白く塗り、その上から他の色を加えるべきだろうが、カーキ色は、私たちの頭の中に、意識の下に根を張っている”

シリア中部のハマ出身。画家。1975年生まれ。1982年のハマ大虐殺事件でアサド政権の兵士が彼の父親の目をくりぬき、殺害した時の情景が、未だに眼に焼き付いている。国内で芸術活動を続けていたが、2011年に政権批判に加わった後、フランスに亡命。現在、パリに在住。

ハーリド・ハーニー
ハーリド・ハーニー
ハーリド・ハーニー

アマーセル・ヤーギー

“私たち人間は、痛みを抱えて生き続ける宿命なのかもしれない・・・・・・でも内にこもらず痛みを表に出すべきよ。そうでないと心の澱になってしまう”

タンジュール監督の母方の叔母。通訳者。アサド政権を批判する反体制派政党に加わったため、10年にわたってダマスカス市内で隠れて偽名での生活を余儀なくされる。監督が幼少時、彼女の家をこっそり訪れたものの、本当の名前を知らなかったという。現在フィンランド在住。

アマーセル・ヤーギー
アマーセル・ヤーギー
アマーセル・ヤーギー

シャーディー・アブー・ファハル

“原理主義に走る者の気持ちだってよく分かる。擁護しないが、理解はできる。立場が違えば、僕も同じ道をたどったかも。監獄で拷問された時、武器を持ちたくなった。もし家族が殺されたら、どうなるだろうか”

若手のシリア人映画監督、人権活動家。2011年のシリア革命勃発以来、平和的なデモに参加し、当局に3回拘束された。フランスに亡命した後も、シリアに潜入し撮影を続けた。依然として「歴史は後ろには戻らない」として独裁や全体主義と戦う決意を新たにしている。

シャーディー・アブー・ファハル
シャーディー・アブー・ファハル
シャーディー・アブー・ファハル

キーワード

ウマイマ・ハリール「小鳥」

『カーキ色の記憶』の後半の一場面で、登場人物の男の子がラジカセのスイッチを押すと、こんな歌が流れてくる。

小鳥が窓からのぞいて言った
君のところにかくまって、お願いだよ
どこで生まれたの?と訊いたら
空の向こうさ、と小鳥は言った…

この「小鳥」という歌を歌っているのは、ウマイマ・ハリールというレバノン人の歌手だ。彼女は1970年代末、レバノンを代表するアーティストの一人であるマルセール・ハリーファの秘蔵っ子として活動を始めた。ハリーファはアラブの伝統的な弦楽器ウードの名手にして西洋音楽への造詣も深く、パレスチナへの共感を込めた楽曲の数々で今なおアラブの人々に広く敬愛される存在である。
アルフォーズ・タンジュール監督もまた、幼い頃からハリーファやウマイマの歌声に親しんできたのにちがいない。カセットテープのたるみをボールペンで巻き直して、サンドイッチにかじりつきながら耳を傾ける…そんな思い出を象徴する歌の一つとして、「小鳥」はきっと自然に思い浮かんだことだろう。
それと同時に、「小鳥」の歌は『カーキ色の記憶』の4人の語り手の境遇とも響き合う。歌詞の中で女の子の家に舞い込んだ小鳥は、カゴから逃げ出してきたのだけれど、翼も折れて力も尽き果てて、歩きたいのに歩けないんだ、と涙をこぼす。女の子は小鳥を胸に抱いて、こんなふうに語りかける。

心配しないで、ほら日が昇る
森には自由の波がきらめく
翼は歌う、屋根裏の窓から
森は飛んでゆく、自由の翼で

故郷を奪われた人間の痛みと自由への憧れが、ウマイマのさびしげな声に乗って、聴く者の胸を打つ。それにしても、長いことパレスチナ人の物語として歌い継がれてきたであろうこの歌が今、シリア人の経験を描いた映画の中で使われているということの悲劇的な意味を、私は思わずにはいられない。
パレスチナの同胞に対する共感はアラブの人々に共通の思いとして、シリアの民衆や知識人のなかに息づいている。支配政党であるバアス党も本来、そうした契機によって誕生したはずだ。しかしその後、バアス党体制がいかなるものになり果てたか。そしてシリア人がパレスチナ人と重なり合う、或いはそれ以上の苦難に見舞われていることの原点を、何処に見いだすべきなのか。『カーキ色の記憶』は、それを私たちに訴えかけてくる。

(森晋太郎:アラビア語通訳、東京外国語大学非常勤講師)