過去の取材

NHK WORLD「シリア難民の声を広げる」

Spreading the voices of Syrian refugees

シリア難民の声を伝える 樋爪かおり 2017年10月19日

映画『カーキ色の記憶』に出てくるシーンは、観客を内戦下にあるシリアの現実へと引きずり込む。シリアでは2011年以来、30万人以上が命を落とし、600万人が家を追われた。何がこのような悲劇をもたらしたのか。難民一人一人の物語は何を訴えているのか。アルフォーズ・タンジュール監督の今作品は、このような問いに答えようとしている。

シリア出身のタンジュール監督は、2012年に国を追われ、現在はオーストリアを拠点にドキュメンタリー映画を製作している。先週の山形国際ドキュメンタリー映画祭では栄誉ある賞を受賞した。彼は映画人としてのキャリアを通じて、抑圧された社会の中で闘うシリア人の苦難を伝えてきた。2007年製作のフィクション短編映画「小さな太陽(英題:A Little Sun)」では、反体制派ジャーナリストの父親を持つ娘の悲劇を扱った。そして最新作『カーキ色の記憶』は、撮影に3年間の月日が費やされた。NHKワールドの樋爪かおりディレクターは、今作品を通じて何を伝えたいのかを監督に伺った。

タンジュール監督は先週、山形国際ドキュメンタリー映画祭に招待され初来日した。監督は、人々がシリアの現状を扱った映画を観に来てくれるのかを気にかけ、「今日という日を心待ちにしていましたが、朝早くから来場してくれるか少し不安です」と語っていた。だが、彼の心配をよそに客席は満席となり、作品は多くの観客の心を動かした。観客からは「観て良かった。過去2、3年の間、ISのことは耳にしていたが、この映画を観て想像以上に状況が複雑だということが分かった」、「監督自身が難民であるという事実が、作品に深みを与えている」との声が寄せられた。

今回監督は、国が破壊されていく様を見せるのではなく、その背景を描こうと試みた。「シリアからは通りに放置された遺体や破壊された街並みといった衝撃的な映像が伝わってきますが、なぜこのようなことが起こったのか、少し過去にさかのぼって探るべきだと考えました。原因を突き止めるためにも、私たち自身の記憶を探るのです」。

映画で鍵となるのは、国外に逃れたシリア人の証言だ。それは、アサド政権下で次第に生活が奪われていったところから始まる。カーキ色一色の世界――この色は軍服を指している。ハーリドは、亡命先のフランスで暮らす芸術家だ。彼の父親は1980年代における反政府運動への大虐殺の最中に軍に殺された。「この色が父を殺した。ただ殺したんじゃない。拷問の末に殺したんだ。カーキ色が子供たちを拷問し、親しい人々の命を奪った。母を泣かせ、町を泣かせた色だ」。

「アラブの春」では、アサド政権下でくすぶっていた怒りや憎しみが爆発した。その後内戦が勃発して7年が経つ。映画が描き出すのは、家を追われ、家族と引き裂かれた人々の絶望だ。アマーセルはそんな一人だ。現在フィンランドで翻訳家として暮らす彼女は、軍に狙われ、家族に告げる機会がないままにシリアを離れた。「ほっとしてため息が出たの。違う国にいる、それが信じられなかった。それと同時に、切り離されたへその緒が胎児に巻き付いて、首を絞められるような息苦しさを感じたの」。

冬の森のシーンは、国を離れた人々の胸の内を示唆する。そこに政治家たちの声明が重なり合う。諸外国の介入が状況の悪化を招いているとの暗示だ。「ロシアや欧米諸国はすべて、シリアで何らかの権益を握っています。この機に乗じて分け前にあずかろうと、虎視眈々と狙っているのです。映画で言いたかったのは、世界中が加担しているということです。ある意味、第三次世界大戦とも言えるでしょう。しかし、実際に血を流しているのはシリア人です」。加えて、破壊から逃れた人々が欧州の鉄道駅でごったがえす様子が出てくるが、彼らはシリアを離れてもなお、戦場の轟音から逃れることはできない。

監督自身が難民だ。母親はシリアに残っており、もう6年も会っていない。実家との電話やメッセージのやり取りが、祖国との唯一のつながりのように感じている。監督は、山形映画祭での受賞を母親に伝えた。

『カーキ色の記憶』は、色彩の卓越した活用によって高い評価を得た。作品全体を通じて、カーキ色に染まる世界で赤色の存在が際立っている。赤い風船、赤いザクロ――これらは血であり、人々の抵抗の象徴でもある。映画の中にフィクションとして少年も挿入される。彼の存在が、他の故国喪失者らの証言に統一感を与えている。あるシーンで少年は、カーキ色の制服の下にこっそりと赤いTシャツを着ている。だが、それ故に狙撃手に狙われている。最後の場面で、少年は赤いTシャツを着て草原をひた走る。監督はこのようなイメージを通じて、何を伝えようとしたのか。

「映画の中にわずかな希望を残しました。彼が死んだことにはしなかったのです。撃たれはしましたが、死んだかどうかはわかりません。ここで映画を終えたのも、観る人に彼が生きていると想像してほしかったのです。少年は狙撃手から逃れようと必死に走り、狙撃手は彼を仕留めることができなかった。彼は依然として赤いTシャツを身に着けて、自由に向かって草原を駆け抜けている、と」。

タンジュール監督はもはや祖国に留まっていないものの、作品は多くのシリア人の心情を代弁している。監督は、すべてが失われたような現在の状況の中にもかすかな希望が残されているとしつつ、次のように語った。「まずはこの流血の事態を、戦争を止めなければいけません。少なくとも戦争が終われば、シリア人は故郷へ還り、再び話し合うことが可能となります。映画人としてやるべきことが山ほどあります。映画を通じてシリアの人々のことを伝え、代弁し、私個人や人々の物語を世界全体で共有するのです」。

今作品は欧州など各国の映画祭で上映され、幾つかの国で受賞した。監督は、現在新しい作品を制作中だ。それはシリアの動乱を逃れてバラバラになった家族の物語だという。

 

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https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/newsroomtokyo/features/20171019.html