過去の取材

ドキュメンタリー映画監督(「うたごころ」「with…若き女性美術作家の生涯」)の榛葉健(しばたけし)さんによる、タンジュール監督へのインタビュー

20171013日、15

美的センスと、世界一危険な場所になってしまったシリアを舞台に戦争や独裁の愚かさを告発する社会性という双方を兼ね備えた、際立って優れた映画

<2017年10月に開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭に招待されたタンジュール監督に、日本のドキュメンタリー映画監督の榛葉健さんがインタビューをしました。その時の内容を、榛葉さんがSNS上で記事にしていましたので、一部ご本人に加筆して頂いたものを、掲載いたします>

 

シリアの現実を描く、強烈な映画①

先日「物凄い映画と出逢った」と短文で書いたドキュメンタリー映画「カーキ色の記憶」が、今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀作品賞を獲得しました。私自身が受けた衝撃からしても、相応しい受賞です。

監督は、シリアから逃れて、現在はヨーロッパで暮らすアルフォーズ・タンジュールさん。激しい戦禍を被っている祖国の現在の街並みをドキュメントで描きつつ、同時に廃墟となった空間の中に象徴的な要素=絵画的な映像表現を入れ子の構造で繰り返し挿入して、極めて精緻な表現で、映画を更に高みへと昇華させています。

例えば、狂言回しになっている少年の姿に、かつての自分を投影し、小さな所作に何かを象徴させたり、人が行き交うアーケード街で赤い風船が上下し続ける様子を一切の説明をせずに入れていたり…。

独特な表現で、ドキュメンタリー映画の地平を広げた、タンジュール監督にぜひお話を伺いたいと思い、上映後に時間を割いて頂きインタビューしました。


アルフォーズ・タンジュール監督
「『カーキ色』とは、《独裁》の象徴です。バース党の色です。人生は本来カラフルでなければいけないと私は思います。カーキ色一色だけではいけないし、他のどの色であってもひとつの色だけではいけないと思うんです。
『カーキ色』の下で、シリアの人々は拷問を受けています。例えば、子どもが拷問を受けて我が家に帰ってきたら、心が異常になっていたという例は数多くあります。そんな『カーキ色』を私は止めたいと思っています」


この映画には、いわゆるニュース的な、爆撃の瞬間の映像や殺戮の様子などは、最後のごく僅かを除いて、殆ど入っていません。そうした映像を入れなかったことについて、監督はどう考えていたのか?同じドキュメンタリー映画監督として、私の興味は更に強まっていきました。

 

独裁や戦争の現実を告発する、強烈な映画②

先日閉幕した今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀作品賞を獲得した、映画「カーキ色の記憶」。シリアから逃れてオーストリアで暮らすアルフォーズ・タンジュール監督へのインタビューの2回目です。

この映画は、独裁や戦争が祖国シリアに何をもたらしているかを、爆撃で破壊し尽くされた実際の街並みや人生を翻弄された人たちへのインタビューであぶり出していく、正攻法のドキュメンタリーという一面に加えて、もう一つの顔があります。

それは爆撃を受けた後の実際の廃墟の中に、象徴的な異物(風船、人形、落書きのような絵…)や人間の姿を混ぜ込んで、登場人物(戦禍に苦しんだ人たち)のインタビューの主旨を、更に増幅する絵画的な演出をしている点です。

ドキュメントとフィクションのシーンを意図的に混然一体にすることで、戦争や独裁を告発する真摯なドキュメントでありながら、同時に映画芸術としての地平も切り開いた、独創的な映像表現。なぜそのような描き方をしたのか?尋ねました。

 


,この映画には、シリアを舞台にしていながら、いわゆるニュース的な、爆撃の瞬間の映像や殺戮の様子などは、殆ど入っていません。そうした映像を入れなかったことについて、監督はどう考えていたのですか?

,ニュースと同じものは作りたくなかったのです。シリアの町が爆撃で破壊されて、子どもたちが血まみれになったり、住民が泣き叫ぶといった現実の映像は、インターネットのfacebookなどに溢れています。ただそれらを映画で多用することは、苦しみを増幅することだと思うんです。

それよりも、この映画では《シンボル》で表現することを考えました。なぜならその方が、より強く映画を観る人に伝わるからです。

(序盤に出て来る)市場のアーケードの中で上下動する赤いバルーン(風船)は、《自由》の象徴です。独裁政権の下で、《自由》がふわふわと行き場のないまま、ふらついていることを表しています。

或いは、登場人物が持っていた、木製のおもちゃのミニチュアの銃は、「撃てない」ということを象徴した映像です。このように、シンボルを空間に入れることで、シネマティック(映画的)な表現をしました。


この発言に、私は深く共感しました。

東日本大震災の発生後、宮城県三陸地方で長期撮影したドキュメンタリー映画「うたごころ」シリーズを作った際、「津波の映像は入れない」と決めていた私自身の考えと重なったからです。

当時作られていた、震災に関するドキュメンタリー映画やテレビ番組の大多数には、津波に町が襲われる映像が挿入されていました。被害状況が端的に伝わる映像だからです。

ですがその映像は地元の人たちからすれば、「家族や大切な人が流されていく」ことを示す映像です。映画を作るにあたって、そうした当事者の気持ちへの配慮と、「分かりやすさ」を期待する観客の想いとのバランスを考えなければいけません。

そこで私の場合は、津波の映像を入れない代わりに、朽ちた家屋の骨組みや放置されたままの生活の名残、そして何気ない自然の風景(鳥たちの種類や飛び方、波の様子や光の陰影など)に、当事者の想いを重ね合わせて表現しました。

震災発生から4か月目、「うたごころ」の撮影中に、一人の女子高校生がつぶやいた気持ちを、今も忘れられません。

「この前、youtubeに流れている(気仙沼の)津波の映像を見たんだけど、どこから撮った映像か分かるのね。苦しくなって思わず電源を切っちゃった…」。

分かりやすく伝えるなら、端的なシーンを入れた方が良いでしょう。ですが一方で、映画は芸術でもあります。先ほどの女子高生のデリケートな感情があることを知った以上、安易に津波の映像に頼るのでなく、芸術的な映像表現で物事の本質を際立たせるよう、不断の努力を払うこと。それが映画を作る際の、制作者のあるべき姿勢だと思うのです。


再び、祖国シリアから逃れて、映画監督になったタンジュール監督の話。

今回の映画「カーキ色の記憶」の中には、登場人物が家のテレビでソ連出身のアンドレイ・タルコフスキー監督の映画「ノスタルジア」を見ているシーンが挿入されています。

この映画は、祖国を追われ放浪を続ける詩人が主人公。彼の目線から故郷への想いや死への畏れが描かれていて、タルコフスキー自身の心情がそのまま込められていると言われます。そして彼は本作の完成後に、表現の自由を求めて、ソ連から事実上「亡命」しています。


,なぜ「ノスタルジア」が入っているのですか?

,あの映画は“私自身”の想いでもあります。故郷を失った点は、同じですから。シリアの多くの人々の想いも、そうだと思います。


 

タンジュール監督は、若い頃からジャーナリストやドキュメンタリストではなく「映画監督」を志望して映像表現を学んできて、フィクションの映画も作ってこられたそうです。その彼の美的センスと、世界一危険な場所になってしまったシリアを舞台に戦争や独裁の愚かさを告発する社会性という双方を兼ね備えた、際立って優れた映画だと、タンジュール監督の話を聴いて改めて思いました。

映画「カーキ色の記憶」は、悲しく愚かな人間社会の現実を、高い次元の映像表現で昇華させた、「人類への啓示」のような映画です。

映像も音も極めて優れています。
ぜひ良質な空間でご覧頂くことをお勧めします。

<出典>
インタビュー①(2017年10月13日、榛葉監督のFaceboookより)

【シリアの現実を描く、強烈な映画】先日「物凄い映画と出逢った」と短文で書いたドキュメンタリー映画「カーキ色の記憶」が、今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀作品賞を獲得しました。私自身が受けた衝撃からしても、相応しい受賞です。監督…

榛葉 健さんの投稿 2017年10月13日(金)

 

インタビュー②(2017年10月15日、榛葉監督のFaceboookより)

【独裁や戦争の現実を告発する、強烈な映画②】先日閉幕した今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀作品賞を獲得した、映画「カーキ色の記憶」。シリアから逃れてオーストリアで暮らすアルフォーズ・タンジュール監督へのインタビューの2回目です。…

榛葉 健さんの投稿 2017年10月15日(日)

 

榛葉 健 (ドキュメンタリー映画監督・テレビプロデューサー)

1963年生まれ。1987年、在阪民放局に入社。
幅広くドキュメンタリー番組を制作し、日本テレビ技術協会賞、坂田記念ジャーナリズム賞などを受賞。
世界最高峰で2年間撮影した「幻想チョモランマ」は海外でも放送。阪神・淡路大震災では、特別番組15本を制作。そのうち『with…若き女性美術作家の生涯』は、「日本賞・ユニセフ賞」「アジアテレビ賞」など国際賞を多数受賞し、2001年、日本のビデオドキュメンタリー番組として初めて映画化した。

東日本大震災の発生後は、私費で宮城県三陸地方に通い続け、被災した女子高生合唱部員や家族の日常を2年間記録した映画『うたごころ』シリーズを制作し、全国・海外で上映。2017年公開の新作『被ばく牛と生きる』では全体の構成とプロデュースを担った。

苦難の中で《ひたむきに生きる》人々を丁寧に描く作風と、被災地の人々に寄り添った講演が感動を呼び、《いのち》のメッセージとして絶賛されている。

 

 

http://with2001.com/

http://utagokoro.info/

http://www.power-i.ne.jp/hibakuushi/