過去の取材

5月19日(土)横浜シネマリンの上映後に行われた、 森達也氏×ナジーブ・エルカッシュ氏の対談

 司会:八幡温子(横浜シネマリン)

 森さん “実際の物を使って作ったドラマで、だからドキュメンタリーの可能性を示してくれている、色んな可能性を示せる作品でもあると、そういった見方をしました”

 ナジーブさん “全然イスラム主義じゃなくて、むしろ無神論とか、かなりの左派で、作家、音楽の人、アーティスト、そのようなまさに現代国家に貢献できる人たちが、刑務所に入れられたり、拷問されたり、そういうような感じですね”

八幡    今は作家というより、映画監督とご紹介した方がよろしいでしょうか、森達也さんです。そして、ジャーナリストのナジーブ・エルカシュさんです。どうぞよろしくお願い致します。

森     もう一人います。

八幡    あっ、ライアンさん(ナジーブさんがお子さんを抱っこしながら登壇)も、本日は一緒にトークをしていただきます。どうぞよろしくお願い致します。

ナジ    森さんは一緒にダマスカス国際映画祭へ行って下さって、2011年の話なのでその時の経験と、今日の作品の感想を聞かせていただければと思います。

     そもそもナジーブとの出会いというか、もちろんそこにはダマスカスの旅が付随している訳ですけれど、今を去ること、……ダマスカスへの旅は2001年だから17年前、アメリカ同時多発テロがあった年に、ダマスカス映画祭で、『A』と『A2』両方だったかな、どっちかだったかな、どっちかで。

ナジ    『A』

      『A』を上映するかエア招待したいという話をナジーブからオファーされて。当時のナジーブはどんなポジションでしたか。

ナジ    日本映画特集のコーディネーター。

      ダマスカス映画祭のコーディネーターですね。

ナジ    日本から作品とゲストを取るという計画だったんですが、非常に大変でした。9.11の直後ですね、2ヶ月後、ですからすべての話はゼロになって、そしてもう行きたくないと言って。作品だけはいい作品を持っていきましたね、『face』…

     坂本順二監督の『face』とか、是枝裕和さんも最初はいたよね。

ナジ    結構いい、作品はいい作品だった。ゲストは、その時正直言って私は、森さんの事まだ知らなかったんですけど、ダマスカス映画祭はドキュメンタリーあまりやらないんで、劇映画の映画祭で基本的に。ですけど誰も行ってくれないからということで、結局森さんにお願いして、どれだけすごい人か、当時は知らなかった正直言って。

     えっ、そういう経緯だっけ、最初は他にも何人も行きますよとか言われて、でもすぐにみんなどんどんキャンセルして、みたいなことを聞いたような気がする。

ナジ     そうです、でも日本の代表は森さんだけになりました。

     911の直後ですからね。こんな時期に飛行機でシリアに行くなんてとんでもないみたいな事で監督たちのほとんどは断った。……自分の鈍さをあらためて実感します。ああシリア行けるのか、いいなと思って、何も考えずに。当日、成田に行って、まあその前にナジーブには会ってたのかな、でもほぼ初めて。で、まずオランダ経由なんですね、アムステルダム経由でレバノンに行ったんですよね。で途中アムステルダム・トランジットで3~4時間、時間が空いたのかな。オランダ久しぶりだったので、でトランジットですから、聞いたら「パスポートなしでも少しだったら町の中行けるよ」みたいなこと言われて、ナジーブに全部荷物預けて、今でも自分で不思議なんだけど、財布もパスポートも全部ナジーブに預けて、で電車に乗ったんですね。セントラルっていういわゆる中心地までは、確か電車で2駅か3駅だよって言われたんで、じゃあさっと行って、市内を回って帰って来ようと思って電車に乗ったら、止まらないんですよ。ずーっと止まらないんです。どんどん回りが田舎になって来て、なんか変だなと思って、隣に巨体のタトゥだらけのパンクのお兄さんが座ってたんで、この電車セントラル行くんだよねって言ったら、これ特急だよって。で次どこで止まるのって聞いたら、あと1時間止まらないって気の毒そうに言われて。もう呆然としながら窓の外見てて、このままでは飛行機に間に合わないし、パスポートもないしお金もないし、農家みたいなのが見えてね、ああこういうところで、もしかしたら自分は一生終わるんじゃないかみたいな、多分こういう家に娘さんがいて、恋に落ちて、二人で干し草の上でとか何か考えていたら、その特急列車が止まったらすぐにそのパンクのお兄さんがすごい親切で、もう心配してくれて、一緒に降りてくれて、上りに乗ったらぎりぎり間に合うとか言われて、必死になって上りに乗ったら、ほんとぎりぎり間に合って、空港までやっと着いたら、ナジーブがもう心配してね。

ナジ    パスポートだけは持ってました。何故かと言うと、私はシリア人のパスポートでは外に出れない、私は空港の中でいた。

     それで一緒に行かなかったのか。で僕はひとりで、パスポートは持って行ったの?

ナジ    パスポートだけは持って行った。

     財布とか全部置いて行った?

ナジ    (うなずく)

     っていうことで始まって、でレバノンに行ったんです。それでレバノンから陸路でダマスカス。結構近いんですよ、レバノンとシリアって違う国ですけど、実は何キロ?100キロ、200キロ?

ナジ    140キロくらい、車で2時間くらい。

     だよね、とっても近いですね。だからこの辺の感覚って日本人ってなかなか、なんかこううまくわからないけど、ここからもう車で行くよって言われて、タクシーに乗って、途中国境を超える時に検問があって兵士たちが出て来て、そこでナジーブは逮捕されるんです。ね。

ナジ    なんか、兵役制度があるんですねシリアでは。でその時私まだ博士課程に入っていたので大学で、学生だから留学しているから、延期、毎年しなければいけない。書類を私ちゃんと出していたんですよ。だけどその書類が法務省から入国管理局には渡っていなかったんです。だから私の延期は、書類は届いていないから、私は兵役に行かなければいけない。延期されていないからということで。国境についた時に逮捕されて、「あなたは軍行き」と言われて、外で「ダマスカス映画祭の文化省のゲスト、国のゲスト、日本人の監督!」とか叫びながら言ってたんですけど、兵士は、司令官寝てるから、朝の4時だったから司令官を起こすわけには行かないから、怒られるから、やっぱり軍の国なんです、この作品観てよく分かると思うんですけど。ですから兵士が司令官を起こすことは出来ないので、すごく怖いので。私は出来るだけ偉い人の名前出して、文化大臣の個人的なゲストだよとか言っても、彼は知らない。朝の8時にならないと起こすことは出来ないと言われて、とにかく4時間私はその中に入ってました。

(ここでライアンちゃんが泣き出し、パートナーが登場、ライアンちゃんを連れて出す)

森     奥さん?初めまして。

ナジ    で4時間中に入っていて、一言だけしゃべらせてと言っても、ホントにもうダメで、しかもその時私のパスポートみて入力したんですね。ちょっと待って、司令官(軍幹部)があなたと話したから後ろにちょっと一緒に来て。ああそうなんだ、もしかしたら誰かが国から日本人のゲストが来るから何か用意しているのかなと思って。で、すごい自信満々で裏に回って、そしたら、「ベルトを脱いで」と言われて。「何でベルトを脱ぐの?」と聞けば、彼は「そういう規則があるから、幹部の部屋に入る際には、鋭利なものやベルトを身につけてはならない」というんです。でベルトを外して、じゃあここどうぞ、って廊下を歩いていたら右ですと言われて、右に見たら拘置所、えーと思った時に、後ろからプッシュされてドアが閉められて、本当によくハリウッド映画に出て来る、メキシコの刑務所と全く同じで。私の反応もすごいビックリして、メキシコの刑務所のようにパニックになって、棒を持って、「何やってんだー!」みたいな感じで。でももうサッと行っちゃった。その後時間たっても帰って来ないから、すごい叫んだら来て、「もう諦めなさい、8時までどうにもならない。そしたら8時になった時に、やっと誰かと話し出来る」って。下っ端の兵士はもう判断できないので。で8時に外に出て、司令官は反対側にいるから、連れて行くと言われて、出たそのパスポートをハンコ押すところから出たら、それも何か歩いてたら、急に止まってたバスに近づいたら、後ろの兵士の二人が、私を持つ感じでバスの中に入れられて、司令官と話さずにダマスカスの中央の拘置所に行って、またそこで5時間くらい過ごしました。で結局、誰とも話せなくて、何だかの形で私の両親がわかって、色んな連絡して、結局出て本当にすごいしんどい感じで。直接家に帰ってシャワー浴びて、オープニング。その時私は、森さんどうしているのか、私の運転手は全く英語が話せないし、どうなっているのか全く分からない状態で、映画祭のオープニングに行ったら、私たちの席、確保しているから。着いて、私すごいパニック状態、森さん大丈夫、大丈夫っていうことで、座ったら、森さんはこんな感じでした。

     (笑)

ナジーブさん “司令官と話さずにダマスカスの中央の拘置所に行って、またそこで5時間くらい過ごしました”

 

ナジ    ああナジーブ、みたいな感じで。どうでしたか。

     だから、いきなりこの人拘束されて居なくなってしまい、しばらくドライバーと二人で残されて、英語通じないんですよ、だからもうしゃべってもしょうがないし、ボーっと待ってたんだけど、で確かナジーブは行く時、すぐ戻る感じのこと言っていたような気がしたんだよね。待ってたけど全然帰って来ない。30分経っても、1時間経っても帰って来なくて。運転手が外に出ていって、多分兵士と話をして、「あの人もう死刑になるから駄目だよ」みたいなこと言われたんじゃないかな、だからもう行こうって、とりあえず多分お金は先に回っているからとか、そんな感じだったけれど。ダマスカスまで行ってそのホテル、映画祭のメイン会場のホテルまで連れてってもらって、そこで一応手続きはして、部屋に行って、でもナジーブ来ないし、これから何をどうすればいいのかさっぱりわからなくて。部屋で会ったんじゃなかったけ?違う?

ナジ    いや、劇場の中で座っていた。

     座っていた?その辺は僕も太々しいというか、鈍いというか、適当にやっちゃうんでしょう。で結局やっと出会えたんだけど、今度はナジーブが、森さん大変だ。今度は何?って言ったら、日本映画特集コーナー消えました。要するに監督誰も来ないんで、僕以外は。だったらこんなのやっても意味がない、っていうことになったみたいで、それが消えちゃって、その煽りで『A』もパンフレットから消えてますって言われて。で慌てて、森っていう監督が来ているし、『A』を上映しますとか言って、また何かナジーブが大騒ぎして、で結局だから上映は出来たんだけど、ちゃんと正式なパンフレットからは消えちゃってるから、お客さんも来なくて、たしかダマスカスの日本大使館の職員さんが来てくれまして、それは憶えているけれど。でも結構寂しい入りだったなと思って。で、その後レバノン映画祭に行くんです。もうこの話したら時間無くなっちゃうから、さっさと切り上げるけど、ダマスカスの後に、今度はベイルート映画祭っていうのがあって、そこに行きましょうっていうことになったんですけど、行く前日にこんど僕が発熱して、かなりの熱でしたね。で、病院運ばれて行ったんだけど、夜中だったので、ドクターが居なくて、看護師さんが点滴をしてくれたけど、これが痛くて。で全然熱も引かないし、車の後部座席に寝かされて、で、レバノンまでまた行って、映画祭に一応まあ、ヘロヘロになりながら参加してね。でもまあレバノンが終わって、またダマスカスに戻ったのかな。そこでナジーブはちょっとシリアに残るってことで、久しぶりだから、僕だけが日本に帰るんで、空港で別れたんですけど、その時ナジーブがね、お母様が作ってくれたという料理を空港に持って来てくれて、タッパーに入っているんですよ。そのタッパーの中に野菜のオイル漬けみたいな。空港のロビーで、お母さんが森さんのために作ってくれましたと言われて、ありがとうって言って食べたんだけど、病み上がりもあって、オイル漬けだからなかなか喉を通らなくて、ナジーブごめん、美味しいんだけどまだ今日これ全部は食べれない、って言ったのは憶えています。その時にナジーブが僕に、言い方は忘れちゃったけど、とにかく自分は日本が好きで、シリア人だけど、シリアにいても自分の将来のプランが出来なくて、日本だったらと思って日本に留学した。でも今回9.11があって、日本はどうするんだろうと思ったら、全くアメリカに追従して、とても何か今自分はつらい、みたいなことをナジーブが言ったのをすごく覚えてます。これはあの、その頃本はまだそんなに書いてなかったんで、何冊目かの本『世界はもっと豊かだし、人はもっとやさしい』という本の中に収録しているエピソードなんですけれど。で、そうそう、だからその時のダマスカスの印象がすごく自由な国だなっていう印象でした。そう僕は思ったんですね。町を歩けば、モスクだったらすぐそばにチャーチがあったりとかね。ナジーブの知り合いもたくさん紹介されたけど、みんなとってもフランクで。あと旧市街とか案内してもらいましたよね。ウマイヤド・モスクか、知ってます?ウマイヤド・モスクってイスラムの聖地なんだけど、ここにあるのがバプテスマ・ヨハネ、洗礼者ヨハネですね。イエス・キリストに洗礼をしたというヨハネの有名なサロメの話があって、首を切られたり、その首が安置されているんです。モスクですよ、モスクなのにイエス・キリストに洗礼を施した人の首がそこに安置されている。みんなはそこで、横見たら手を合わせている訳じゃないけど、頭をたれるわけです。皆さんもご存じだと思うけれど、イスラムとキリスト教っていうのはこれはもう神様は一緒ですよね。ユダヤ教も実はそうなんですけど、今改めてそれをね、元が一緒なのに何でこんなことになってんのかな、みたいなことを思いながら、丁度9.11事件の直後だったこともあって、色々思いながら帰って来たんだけれど。今回だから、この映画を観て、とにかく、ナジーブがね、とっても応援している映画で、去年山形で、去年ですね上映されて、市民賞取ったんでしたっけ?

 

森さん “実はそのずっと前から、圧政とレジスタンスのアイドリングの状態が続いていて、多くの人たちが苦しんでいたんだってことを、改めて実感しました”

 

ナジ    最優秀賞(山形市長賞)。

     僕は見逃していたので、今回観さしてもらってね、色々思うところがあるんだけど。ここまでで何か補足することがあれば。

ナジ    自分が見たシリアと、映画の中のシリアと違うというのをぜひぜひ。

     うん、1週間弱だったかな、あの時滞在はね、わかんないですよね。で、当然僕はゲストなので、特にやっぱりアラブの人はホスピタリティーの精神がとても強いですからね、だから初めて会えば、とってもこう歓待してくれるしね。一生懸命気を遣ってくれるし、だから中々そこまで分からないけど、2001年のシリアはもちろん圧政下にあって、多くの人がアサド政権に対する抵抗運動をしながら、投獄されたり、拷問されたり、あるいは国外に逃れたり、そうした歴史がずうっとあったんで、だからナジーブがシリアに居ないで日本に居るのかって、もちろんそこに原因がある訳で、なんかそこを改めて、今更なんですけど、あっそうかシリアっていうのは、特に今ね、内戦状態になってから、IS誕生以降ですよね、シリアがこういう状態だっていうのはニュースになるようになったのは。でも実はそのずっと前から、圧政とレジスタンスのアイドリングの状態が続いていて、多くの人たちが苦しんでいたんだってことを、改めて実感しました。

ナジ    私は森さんのシリアの印象を聞くと、よくある話ですね。シリアはいい国ということをずっと日本に居て誇りに思っていた。例えば日本人はドバイとかのことだったら、ドバイは最後ここ10年、15年くらい、その前はモロッコとかエジプトだったら、あとトルコだったら知ってるけど、シリアのこと知らない。だから実際シリアを訪ねた人は、シリアはとてもいい国だと言ってくれると私すごく嬉しかったんですね。

     さっきちょっと聞いていましたけど、大体普通はシリアに、ダマスカスに行こうとしたら、エジプトかカイロかモロッコ経由になるんでしょ。

ナジ    カイロから、エジプトかトルコ。

     どちらの国も観光に力を入れている国なんで、日本人観光客には社長さんと声をかけてくるみたいな、そういうところだから、シリアってそういうところが薄い。だから日本人としたら、そういうところ経由してシリアに行くと、観光ずれしていなくていいところだというような印象を持つんだろうなと思いました。

 

ナジーブさん “要するに共存とか、そういうような価値観は、シリアの社会にもともとあって、決してアサド政権によって与えられたものではない”

 

ナジ    ですからそれは、シリアを訪ねる人から見ると、そういうお金儲けとかしてないことはすごくいいことなんですけれども、でも普通に考えれば、変な言い方かもしれないんですけど、シリア人もお金儲けたいんですよ。普通に観光地になりたいんですよね。行った人はお金払ってもいいとは思うんです。だけどその、シリアの残酷な独裁政治の中でどのような事業も出来ないような状態なんですね。ビジネスは全然出来ない。ちょっとマフィアっぽい経済の回し方するんです。政府側のパートナー、政府に近いパートナーを付けなければいけない。それはそのうちその人も頭良くない軍事系だから、例えばビジネスサポートして、両方ともうまくいけばいいんですが、軍事的な考え方で今日お金欲しいということで、結局ビジネスうまくいかないんですね。あるいは何かのちょっとした問題で、ビジネス・パートナーが収監されているとか、本当にめちゃくちゃな話ですね。良く、シリア人、日系ブラジル人のような感じで、南米にたくさんのシリア人がいるんですけど、そこで出稼ぎでお金作ってシリアに戻って来て、何かの事業始めようとすると、結局1年後とか2年後、お金なしでまたブラジルに行くとか、あるいは刑務所に入ったとか、そういうような国だったんです。だから観光客から見るといい国なんですけど、シリア人から見ると、まあ確かにシリア人は確かにお金儲けることに慣れていない状況になってしまった。だから観光客に珍しいから、お茶飲みにおいでよとか。で観光客だけじゃなくて、例えばJICAの方とか、海外青年協力隊の方もシリアに1年とか住んでて、すごく良い思いしているから、シリアはいい国ということ言って。で、「何で政府に対抗する民主化運動っていう余計なことをやっているのか」っていう感じになってしまうんですね。あと2~3分くらいしかないんですけど、シリアの政府はイメージ作りは非常にうまいんですね。シリアのいいところ、全部自分のお陰にするわけですね。ですからそれに対して、シリア紛争になってから、もう日本で上映されるシリア系の映画は、例えば分かりやすいIsisの話か、それも分かりやすいクルドの話ですね。このトークの後にIsisを描いた映画が上映されます。Isisの映画も非常に重要なんですけれども、Isisは本当にひどい存在で、ですけれどもそれは変な言い方ですけれども、みんな知っています、Isisが悪いっていうことを。具体的なことを見て欲しいんですけど、でも結局メッセージはみんな分かっています。Isisはひどかった、シリア人は嫌だった、シリア人を抑圧しました。だけどシリアの中央政権はどれだけ悪かったか、というのが日本では知られていない。なので、この作品は私にとって、非常に重要で、だから私この配給したいと思って、友だちと関わって委員会作って、主に岡崎さんという日本のシリア研究者が中心となってますけども、私も委員会に入って、配給しているんですね。シリア問題は、私たち、私の個人的な意見では、まず独裁政権から始まっています。そのIsisも悪い政治の結果に過ぎないと思っています。皆さんは驚くかもしれませんが、例えばシリアの政権を守ろうとする、日本にもそういう方いるんですけれども、反体制派の人たちは本当は民主主義じゃなくて、イスラム主義にしたいと言っているんですけど。この映画観ると分かると思うんですけれども、シリアでは2011年の民主化デモのスタートポイントは、モスクでありますね、毎週金曜日のモスクの祈りの後、民主化デモが始まっているんですね。ですから「アラブの春は本当は嘘とか陰謀」とかいう人の言い分は、何でモスクから出るの?本当に民主主義とか現代国家のとかの為だったら、本当はモスクじゃなくてもっと違うところから出るべき、と言うんです。だけどシリア政権は50年間に亘って、色んな組合とか色んな市民社会の組織、民間の組織、色んな組織を潰してきた訳ですね。労働組合とか、弁護士組合、すべての組合が、潰すか、政府の言いなりにしてしまうかどっちかですね。それに従わない知識人とか、例えば左派とか、政府の考え方に近いはずの人が結局刑務所に入って、拷問されて、この映画に出ている人たちはそのような人たちです。彼らは、全然イスラム主義じゃなくて、むしろ無神論とか、かなりの左派で、作家、音楽の人、アーティスト、そのようなまさに現代国家に貢献できる人たちが、刑務所に入れられたり、拷問されたり、そういうような感じですね。例えば、キリスト教徒、シリア政権はマイノリティを守っているというイメージも、政権が今使っていますね。キリスト教徒を守っているとか、そういう感じでやっているんですけれども、でそれも違いますね。シリア独立後の最初の、シリアの総理大臣が、キリスト教徒だったんですね。その時は今の政権じゃなくて、その前の独立した第2次世界大戦の後の話ですね。あるいは例えばシリアでは、シリアだけで、パレスチナ難民とシリア難民は平等。他の国ではいじめられているという話も、「今のシリア政権は自分のお陰だ」と誤解しているんです。パレスチナをサポートしている日本の左派もそういう話、信じているんだけれども、ちょっとだけ調べてくれたら、そういう平等にした法律は50年代の今の政権の前に出来た法律であって、当時は、シリアを民主主義があって、選挙があって、国会が機能していて、そういう時にシリア人が望んで、要するに共存とか、そういうような価値観は、シリアの社会にもともとあって、決してアサド政権によって与えられたものではない。むしろ政権が、そういう過去の遺産を使って、色んな動きを操って、自分の都合にいいような感じにしているのです。Isisの話とか、分かりやすいクルドの解放とかの話が広がっていますが、『カーキ色の記憶』は、普通のシリア人のマイノリティでもない、普通のシリア人を50年に亘って抑圧してきた残酷なシリアの政権の話をする作品なので、非常に貴重な作品だと思う。実はですね、私はしゃべり過ぎました。いつも日本のそういうトークの中で1個でも質問を受けたかったのですが。全然無理ですか。もし質問があれば、皆さんがどう思ったか知りたいというのがあります。どういう疑問が出てきたか。

Q(女性)  今日どうもありがとうございます。何年か前に、「それでも僕はホムスに帰る」という映画を観て、その時はあまり背景とか分からなかったんですけど、今日これを観て、あの映画の若者が何でああいうことになっていたのかということが、よく分かります。ありがとうございます。

ナジ      そうね、ありがとうございます。質問はございませんか。

Q(女性)  知らなかったことを沢山見せていただいてありがとうございました。私は、この少年がどういう少年なのかをとても知りたかったのですが。

ナジ     恐らく監督、自分の事ですね。監督はずっと学校に通っていた時に、軍事の色、軍の色、カーキの色を着せられたんですね。ですから多分、自分の育った時に、国が軍の色に染まってる感じに対する抗議の作品だと思いますね。シリアでは軍が第一、パレスチナ解放とか、国を救う為みたいな言い分を付けて、政権が軍事政権なので、全部軍一色にしたんですね。作品の題名もカーキ色、すべてカーキ色、学校に行く時、自分の好きな服、好きな色じゃなくて、みんなカーキ色。政権の色は平等にしていて、みんな私たち軍事に入っているみたいな、ですけれどそれは只の言い分であって、自由を抑圧するための道具であるので。実際に私も学校に通っていた時、その色の服ずっと着ていたんですね、カーキ色の制服、来てたんですね。多分監督はその、軍事的な雰囲気に育った自分を表すために使ったと思う。

 

八幡     短い時間で申し訳なかったんですけど、森さん何か一言ございますか。

       ドキュメンタリーと言っても、色んな作品があります。で、今日このトークの後に「ラッカは静かに虐殺されている」が上映されます。僕、実はまだ観ていないんですよ。ただ評判は随分聞いているんで、この後観て行こうと思うんですけど、恐らく観た方いらっしゃると思う。多分この作品とは全然違うでしょう。観てないけど僕も想像出来ます。この映画について言えば、あえて、あえて激しい、現在進行形の殺戮であったり、破壊であったり、それは全部封じてますね。だから封じることで逆に、見る側は、青空であったりとかね、静かな静粛な画像を観て、色んなことを思う訳ですね。そして非常にフィクショナルですね。タルコフスキーの映画であったりとか、色んなものをこの監督は配置していて、ある意味でドラマですよ殆ど。実際の物を使って作ったドラマで、だからドキュメンタリーの可能性を示してくれている、色んな可能性を示せる作品でもあると、そういった見方をしました。

八幡     ありがとうございました。短い時間ですみませんでした。次の上映が押しておりますので、この辺で終わらせていただきます。本日は森達也さんと、ナジーブさんにご来場いただきました。どうもありがとうございました。

 

森達也
映画監督・作家・明治大学特任教授

テレビ・ディレクターだった1998年にドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞する。主な著書は『A』『クォン・デ』(角川文庫)、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『下山事件』(新潮社)、『王さまは裸だと言った子供はその後どうなったか』(集英社新書)、『ぼくの歌・みんなの歌』(講談社)、『死刑』(朝日出版社)、『オカルト』(角川書店)、『チャンキ』(新潮社)など。2011年に『A3』(集英社)が講談社ノンフィクション賞を受賞。2016年には新作映画『Fake』を発表。近刊は『同調圧力メディア』(創出版)『不寛容な時代のポピュリズム』(青土社)『FAKEな平成史』(KADOKAWA)『ニュースの深き欲望』(朝日新書)など。

 

ナジーブ・エルカシュ 
ジャーナリスト、リサーラ・メディア代表

1973年シリア生まれ。1997年に来日。東京大学大学院、名古屋大学大学院にて映画理論を研究。1998年から日本や北東アジアを取材し、アラブ諸国やヨーロッパのメデイアに取材を配信。BS-TBS【外国人記者は見た!】レギュラーゲスト、『NEWS ZERO』、『テレビ史を揺るがせた100の重大ニュース』、『カツヤマサヒコSHOW』などに出演。アラブ・アジア・ネットワーク(A-Net)の代表として、文化交流の分野にも活動している。

リサーラ・メディア 代表 www.risala.tv
アラブ・アジア・ネットワーク 代表 www.arabasian.net