過去の取材

2018年5月19日(土)、名古屋・名演小劇場で行われた、 当映画の登場人物でシリア人作家、イブラヒーム・サミュエル氏とのスカイプ対談

<「ゴチソー尾張」管理人の麟太郎さまが、当日のトークの模様をまとめていただきました。原文はこちら

『カーキ色の記憶』

タンジュール監督のカメラは、アサド体制に疑問を呈し、シリアを離れなければならなくなった人々の姿を追う。

作家・サミュエルは、遠く離れたシャーム(ダマスカスの別称)の自然や街並、暮らしに想いを募らせる。芸術家・ハーリドは、「カーキ色は、上から被せて汚れを隠すための色」だと言う。体制を批判し弾圧されたアマーセルは、「シリア人には血球が3種類ある。赤血球、白血球、そしてカーキ色の血球」と語る。映画制作に関わるシャーディーは、国を追われ難民となった今でも作品を発信しようとしている。

そして、シリアを追われ祖国に想いを馳せる者が、もう一人いる。誰あろう、アルフォーズ・タンジュール監督その人だ――。

2018年5月、名演小劇場(名古屋市東区東桜)では『カーキ色の記憶』公開に合わせ、初週舞台挨拶が開催された。映画の字幕を担当した、アラブ政治思想・シリア文化が専門の岡崎弘樹(中部大学講師)氏が登壇し、5月19日(土)には映画に登場するシリア人作家であるイブラヒーム・サミュエル氏が、20日(日)にはアルフォーズ・タンジュール監督が、それぞれインターネット中継で発言した。

名演小劇場ではインターネットを経由しての舞台挨拶は初の試みだそうだが、今作品でのインターネット中継の舞台挨拶自体が日本初という貴重な機会であった。

以下、トークを可能な限り再現してみる。

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岡崎弘樹 私が若い頃シリアに旅行した時、レストランで男性2人が喧嘩を始めたんです。何故かというと、会計の時に「俺が払う」とどっちも譲らず、最後は掴み合いの取っ組み合いまでするという……「変な国だな」というのが最初の印象でした。でも、独特の文化もあって「ここに住んでみたい」と思ったんですね。シリアは、春が一番綺麗な季節です。シリアの人たちは人懐っこい感じで、市場に行くと大体5~10分くらい会話をしないと物が買えないんです(笑)。敬虔なイスラム教徒の方もいれば、世俗派の方も、クリスチャンもいます。私なんかは一緒にお酒を飲んだり、楽しい人たちと過ごしたんですけど、実はその人たちは日本ではなかなか想像できない経験をされてるんですね。「ル・モンド誌」の一面に出てたりするこのジャーナリストは、若い頃政府を批判しただけで監獄に16年間収監されていました。このジャーナリストの妻もまた若い頃に数年間収監されました。彼女はその後、2011年からダマスカス郊外の東グータで人道活動をしていましたが、その後拉致されて行方不明です。9年くらい収監された人、16年間収監された劇作家……日本には中々ない状況が普通となっています。

特にこの映画で問題になった1970年代後半~80年代前半にかけては、「政治犯」と呼ばれる人だけでも17000人いました。1982年ハマの大虐殺では、市民10000~40000人が殺されたと推測されています。今の内戦で市民は誰に殺されてるのかというと、世界ではISに注目が集まっていますが、ある市民団体の統計では9割以上がアサド政権に殺されているとされています。一方的な殺戮が行われているのが実情です。

シリアにせよ、他のアラブ諸国にせよ、市民一人ひとりの要求が、政治の中に反映されにくい仕組みになっています。独裁政権自体も、国際社会に支えられています。そして、独裁政権に暴力を以て対抗する過激派と言われる人々の活動のみが目立っております。逆に、社会の内側からちょっとずつ世の中を変えていこうとする方々は、収監されたり、国を追われてしまう……そんな悪循環があります。イブラヒーム・サミュエルさんも、3年間投獄されています。その後、作家として成功されて、彼の短編小説は欧米語にも訳されていますし、日本語でも私が文学選の中で訳した作品があります。と同時に、サミュエルさんはアラビア語講師としても有名で、日本の学生だけでも恐らく50~100人くらいの方がシリアで、もしくは今お住まいになってるヨルダンのアンマンで、授業を受けたことがあるはずです。

イブラヒーム・サミュエル 今日はご来場いただき、誠にありがとうございます。こういった形でお話できることを、本当に嬉しく思います。本来私は日本に来れることは無いんですけど、SNSなど最新の技術を使って皆さんと直接的にコミュニケーション出来るということ自体に喜びを感じています。私は短編小説を書いておりまして、小説家として生計を立てております。と同時に、アラビア語の教師でもありまして、30年くらいのキャリアがあります。シリアを離れ、亡命しアンマンで暮らして5年くらいになりますが、今もアラビア語を教えています。

タンジュール監督の『カーキ色の記憶』は政治について語っておりますが、独裁について直接的に語るのではありません。芸術として、独裁下で暮していた人々の声で、その生活がどうであったかを描いた作品です。カーキ色というのは、独裁政治の、軍事独裁の象徴です。それは、現在まで続いている問題です。この映画はニュースのように日々のシリア情勢を伝えるのではなくて、歴史的にシリアの人々がどのように苦しんできたかを芸術的な形で伝える作品です。

 

岡崎 シリアでは、国民の半分以上が住んでいた家を追い出され、4分の1以上の人が国外に出なくてはならない状況です。しかし、世界はまだシリアを助けることができない……まさに見棄てている状況が続いています。イブラヒームさんは、そんな状況をどう思っていますか?

サミュエル バッシャール・アサド政権になったのは2000年からですけど、私はそれ以前、彼の父のハーフィズ・アサドの時代から生きてきました。一つ言えることは、シリアというのは「恐怖の王国」でした。恐怖を全て内面化しながら生きていく国でした。今は、恐怖の国から「破壊と戦争の共和国」に変わりました。今、過激派の問題がありますが、過激派とは独裁政権によって作られたものです。アメリカも、「ビン・ラディン自体は米国が作り出してしまった怪物だ」と認めたことがあります。このような政治ゲームが行われているのです。現在ではシリアの半分以上の人々が、国外に行ったり、殺されたり、家を失ったり……悲劇の渦中にいます。

お客様① シリアの国内問題ではなく、アメリカとかロシアとか中国とかが介入し問題が大きくなっていると感じます。私たちが考える解決策は、第三者の考えです。当事者からしたら、何がシリアの問題を解決する糸口になり得るとお考えですか?

サミュエル 人間の体でも、どこか病気のところがあれば、悪い部分を治さなければいけません。シリアの問題の根本は、独裁政権、もしくはその体制にあると思います。従って、独裁政権を何とか倒していかない限り、体制を何とか変えていかない限り、この病気自体が治ることはありません。シリアは、アサドのものではありません。シリアの人々のものです。それを、今もう一度確認したいと思います。例えば、ドイツを「メルケルのドイツ」とは言わないですよね。シリアは「アサドのシリア」……私的所有物になっています。これを変えていくことが、解決の糸口だと考えます。

お客様② 調べてみると、バッシャール・アサド大統領は9割くらいの得票率だと知りました。これはどういうことなんでしょう?

サミュエル 実際のところ、シリアには選挙はありません。あるのは、治安機関です。大統領への信任投票といえども、YesかNoかのNoという投票自体があり得ません。Noと投票したら、そのまま治安機関に連行される……そのような現実があります。イタリアであれ、日本であれ、ドイツであれ、アメリカであれ、選挙が実施されて誰かしらの政治家が選ばれる訳ですが、シリアに関しては選挙という「枠組み」が存在するのみで、現実は何か選挙で政治家が選ばれるということはないんです。チリのピノチェト政権であれ、スペインのフランコ政権であれ、ドイツのヒトラーの時代であれ、選挙は無かった……あったとしても、実質的な機能を奪われていました。シリアは、その状態が続いているのです。

お客様③ 日本は政府や市民レベルで、シリアの現状に対してどのように改善、貢献をすべきなんでしょうか?もしくは、干渉しないでほしいと考えられているんでしょうか?

サミュエル もちろん、あらゆる支援というものは本当にありがたいんです。ただ、政治的次元の問題において、あらゆる各国の政府は、シリア人の民主主義への取り組みに関しては、全く充分な支持をしてこなかったという現実があります。国際社会は、自由や民主主義を求めた人々の立場を支援してこなかったんです。しかし同時に、色々な人道的支援は本当にありがたい……そのような矛盾した状況があります。日本のNGO団体、もしくは政府レベルの様々な人道的支援は、人々の生活にとても重要になっていて、シリア人は本当に感謝しています。と同時に、シリア人が本当の本当に求めているのは、最後の最後は食料とかテント、毛布などの物資ではないんです。シリア人が本当に求めているのは、自由や民主主義なんです。シリア人の普遍的な価値観を体現した何かなんです。それらに対する支援が何かしらあってこそ、食料なり物資の支援が活きてくると思います。

お客様④ 映画の中で「シリアは、ちょうど日本が敗戦した時にフランスから独立した。だが、その後の経過が全く違った」とおっしゃられたことに驚きました。日本人の観客を意識したとも思えませんが、どんな気持ちで出た言葉だったんでしょう?

サミュエル 第二次世界大戦後、日本はこれだけの発展、ある意味「跳躍」を果たしました。ハーフィズ・アサド政権は1970年に生まれたので、ちょうど半世紀くらいになるんですけど、その間シリアは文明的にも文化的にも衰えていくばかりです。そんな訳で、しばしばシリア人は日本の経験を引用します。シリア人、アラブ人の中で、共有されている世論なんです。そりゃ、日本にも色々な問題はあるでしょう。でも、日本において自由や人権に関する問題は、シリアに比べれば保障されているのではないでしょうか。シリア人は「日本に見習いたい」という思いをしばしば共有しているんです。

お客様⑤ SNSやインターネット動画などで不確かな情報が出回っていますが、もしシリアについて間違った情報が流布されているなら、具体例を教えていただけますか?

サミュエル そもそも、真実とフェイクは紙一重です。常に繋がっているもので物凄く難しい問題なので、プロパガンダに利用されてしまうのでしょう。SNSじゃなく、普段の生活でもあるのではないでしょうか?「この人は良い人だ」と思って付き合ってみると、実は仮面を被っていた、物凄く悪い人だったということもあるでしょう。実際見ていても、仮面か素顔か見分けるのも難しい現実があります。そんなプロパガンダに長けていたのは、ハーフィズ、バッシャールというアサド親子です。真の独裁者というものは、「私、独裁者です」という顔はしません。見掛けは凄く優しくて、「自分は民主主義者で、自由を重んじて、人権を尊重して……」という顔をしています。バッシャール・アサドの妻は女優みたいで、まるで「この人が、この国に自由や民主主義を与えてくれるんじゃないか」と思わせる程です。嘘と仮面を内実とずらすような巧緻に長けているんです。

「体制の素顔」について分かりやすい話をすると、例えばテロリストが欧米あるいは日本に入ってきて、何処かで爆破事件を起こしたとします。普通の国なら、政府は警察を送って対処するでしょう。ところが、シリア政府は戦闘機を導入して、事件が生じた街ごと全部破壊するのです。そういうことが、シリアでは行われているんです。戦闘機はテロリストではなく、市民を殺している……そんな状況があります。

お客様⑥ 映画の中で発禁本の話がありました。作家でもある先生から、読書の力というものを是非教えていただきたいです。

サミュエル もちろんシリアにも発禁本の時代がありましたが、結局のところ独裁政権は「本では社会は変わらない」ということも分かっているので、ある程度は認めて、こっそり読む行為も社会の中である程度は黙認されています。ただ、読書というものは、知性と精神を常に甦らせ、活き活きとさせる機能があるので、私は今も新しい本を様々に読んでいます。

お客様⑥(同じ) 2016年リオデジャネイロ五輪で、シリアの難民の女性、ユスラ・マルディニ選手が競泳に出場しました。プロパガンダとまでは言いませんが、彼女を一つのケーススタディにすることで、西側のシリア難民に対するパブリック・オピニオンの情報操作を感じました。難民についての報道のされ方を、シリアの方はどうお感じですか?

サミュエル メディアそのもので、完全に自由を体現したものは存在しません。それは西側であれ、アラブ諸国であれ、同じです。西側のメディアが一人をヒロインとして扱うことに疑問がない訳ではないですが、それはアラブのメディアでも全く一緒です。シリアに関して何が真実かを報道してもらうために皆さんにとって一番良い手段は、戦争の無かった時代にシリアにいた日本人で理解の深い方に話を聞くことだと思います。戦争以後に流されている情報と、戦争以前にどのような独裁政治があったのか、いかに人々が恐怖を内面化していたのか、それらを語ってくれる人にお話を聞いて、真実に近付いていってくれればと思います。