過去の取材

2018年6月16日(土)、神戸・元町映画館で行われた、アルフォーズ・タンジュール監督とのスカイプ対談

(元町映画館HPのイベント・レポートでも取り上げられています→https://www.motoei.com/event/event201806.html

タンジュール監督 今日はご来場いただきありがとうございます。去年初めて来日した際には、山形ドキュメンタリー映画祭や早稲田大学で観客の方々とお話する機会を持つことができ、忘れられない思い出となりました。

この映画は3年半以上の月日をかけて制作しました。2012年にシリアで悲劇が深まる中で国を離れざるを得なくなりましたが、シリアのニュースが世界中で伝えられているという状況下で祖国の現状を伝えるべく、脱出先のベイルートで制作に着手しました。当時も平和的なデモが続いており、その様子が携帯で撮影され、世界に伝えられていました。ただ、私はジャーナリストではなく、映画に携わってきた人間なので、ジャーナリスティックな手法ではなく、現在シリアで起こっている様々な悲劇の原因や遠因を記録映画という形で伝えたいと考えました。過去40年間にわたってアサド政権下で生きてきたシリアの人々の苦しみや痛みを、それは私個人の経験や痛みでもありますが、どのように痛みを感じてきたかということを映画の中で伝えたかったのです。

2年間ベイルートに滞在した後、家族と共に欧州に脱出し、ウィーンに難民としてたどり着きました。欧州に脱出する前後には人道的に困難な状況に、そしてウィーンに到着後は自分自身が難民としてどのように生きなければならないかという問題に直面しました。そのような中で映画のシナリオを少し変更し、後半には自分の経験を踏まえつつ難民問題も盛り込みました。

 

お客様① シリア危機の解決への希望や道筋、明るい見通しはありますか?

タンジュール監督 私は政治家でもジャーナリストでもなく、一人の芸術家に過ぎません。そもそも問題は既にシリア人の手中にはなく、域内外の勢力や欧米諸国といった他者の手にゆだねられている中で、政治的な解決策について想像すらできません。個人的な希望ですが、国外から戻った人々も含めシリア人同士で、一体何が起こったのか、一体どうすればいいのか話し合うことができたらと思います。

 

お客様② 映画の題名にもなったカーキ色にはどのような意味があるのですか?

タンジュール監督 この色は軍や治安機関、秘密警察などの制服や車両の色であり、シリア人は弾圧や抑圧というイメージを共有しています。また学校の制服の色でもありますが、学校では週に3時間軍事訓練の時間が設けられており、銃の扱い方や戦争の仕方を教えられました。ただ実際に戦争が起こった時に戦う相手は、イスラエルなどの他国ではなく、シリア人同士ということは、国民もよく分かっており、嫌悪すべき色なのです。

 

お客様③ 今回の映画を作る際に一番頭を抱えたことは?

タンジュール監督 制作のあらゆるプロセスが大変でした。撮影やスタッフの手配、資金調達も大変でしたし、私自身が難民になったということも困難に拍車を駆けました。また、国内に残る母や姉、仲間が嫌がらせを受けることを覚悟の上で、体制に批判的な映画を作る決断をするということは勇気がいることでした。さらに登場人物が世界各地に散らばっているために撮影に苦労しましたし、編集作業にも7カ月間かかりました。

 

お客様④ アラブやイスラームが詩的な表現をする文化であるということはわかりますが、シリアの人々は50年に及ぶ抑圧の中で独特の表現の仕方を身につけたのでしょうか?

タンジュール監督 シリアの文化であると同時に、私は意図的に映画として適切な言葉を選びました。この映画はシリア人に向けたものではなく、世界の人々に訴えるために作りました。ニュースのような直接的な言葉ではなく、詩的な表現をすることによって世界の人々の心に響かせることを目指したのです。非常にデリケートな表現ですが、理解してもらえるように何度も選び直しました。

 

お客様⑤ 余儀なく難民となった人々が、アサド政権の手先として弾圧を担った兵士や刑務官を同胞と見れるような土壌はありますか?

タンジュール監督 デモ隊に発砲し、弾圧に加担した兵士がいる一方で、発砲を命じられた兵士が命令に反して離反したケースも多々あります。弾圧や殺戮を犯した人々が公正な裁きを受けるのであれば、将来必ずやシリア人は一つになれるでしょう。

 

 

お客様⑥ 50年後、100年後のシリア人へ真実を伝えるために何が必要ですか?

タンジュール監督 このような悲劇は歴史上シリア人だけが味わってきたわけではありません。第二次世界大戦の悲劇をくぐり抜けた日本人はその教訓をどのように伝えてきたのか、私たちが聞きたいし学びたいです。私はこのような映画を作る一方で、自分の2人の子どもに、現在起こっていることをありのまま話します。そして必ず教えるのは、欧州滞在が一時的なものにすぎず、必ずシリアに帰って再び国を作り直すんだということです。またシリアに残る母とも常に電話で話をします。毎日コミュニケーションを取り、伝え合うことによって確認し合う、このようなことが50年後、100年後に伝わるのではないかと思います。

 

お客様⑦ 武力による弾圧はイメージがつきますが、宗教による弾圧とはどのように行われているのですか?

タンジュール監督 そのご質問で次の作品のアイデアが浮かびました(笑)。次回は体制がいかに宗教を使って弾圧するのかという映画を作ろうと思います(笑)。宗教による支配や弾圧はイスラームの歴史を通じてずっと行われてきました。ただアサド政権での問題としては、80年代にムスリム同胞団による反乱を弾圧したわけですが、武力弾圧には限界があります。そこで故ハーフェズ・アサド大統領は、国中に体制の手先となるようなモスクを作り、体制を褒め称えるような聖職者を送り込んで人々を惑わし、真実から目を逸らすように仕向けてきたのです。

 

司会者 最後に一言お願いします。

タンジュール監督 日本の方々が自分の映画を本当に理解してくれて、このように直接コミュニケーションをとる中でわかり合えることに感銘を受けています。また次回作以降もこのような形で公開し、皆様とお会いできる機会があれば幸いです。どうもありがとうございました。